真正保守!貨幣とは元来「共同体的」である:三橋貴明
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真正保守!貨幣とは元来「共同体的」である:三橋貴明

株式会社経世論研究所 講演・執筆依頼等、お仕事のご依頼はこちらから三橋貴明のツイッターはこちら人気ブログランキングに参加しています。チャンネルAJER更新しました。「内閣府の経済財政に関する試算の恐怖」(前半)三橋貴明 AJER2020.8.2 令和の政策ピボット呼びかけ人に「ジャーナリスト 上島 嘉郎様」が加わって下さいました。また、メルマガ「令和ピボットニュース」が始まりました。皆様、是非とも、メルマガ登録を!

日本人を消滅に導くという「ミッション(任務)」を帯びた消費税

 

[三橋TV第424回] 三橋貴明・高家望愛

最近、地方講演が戻りつつあるのですが、各地を回って講演していると、気が付いたことがあります。 貨幣観、財政観、そして経済政策の間違いの大本には、「カウンターパートを想定できない」 という、人間の弱点があるのだなあ、と。 典型が「貨幣」に関する認識です。貨幣とは、「債務と債権の記録」です。つまりは、「誰かの貸しで、誰かの借り」なのです。  日本銀行券は、我々の貸しで、日銀の借りです。銀行預金は、我々の貸しで、銀行の借りです。 貨幣とは、「相手(カウンターパート)」がいなければ、存在し得ないわけです。何しろ「貸借関係」なのですから。  この一点さえ認識すれば、「誰かの借りは、誰かの貸し。「国の借金」は政府の借り。ならば、誰の貸し?」 といった形で思考を「自ら」進めることができ、真実にたどり着けます。 そういえば、以前、藤巻健史が、「このまま国の借金を増やすと、日本の金持ちが資産を海外に逃がし、国債を買うお金が無くなって破綻する」 と、これまたカウンターパート(両替相手)を無視した主張をしていて大笑いした(そして、突っ込んだ)記憶があるのですが、日本円は外国では使えません。  お金持ちが外国に資産を移そうとしたところで、「両替」されるため、日本円が外国に出ていくことはありません。(外国で日本円が使えるならば別ですが) 藤巻は、まさに貨幣のプール論(しかも、地球上で単一(モノ)貨幣が使われているとの前提で、↑こんなアホなことを主張していたわけですね。 それ以前の話として、銀行が国債を買うための貨幣は日銀当座預金であり、我々の銀行預金ではないんですけどね。  いずれにせよ、貨幣とは「関係」なのです。ところが、誰もが「自分個人の宝物」として認識し、貨幣のプール論に騙される。 グローバリズムは共同体を破壊し、人々を「個」に分割しようとします。もしかしたら、それと関係するのかも知れません。(グローバリズムは「国家の貨幣」が嫌いで、金だの銀だの、ビットコインだの、普遍的(に見える)貨幣を求める) 貨幣とは元来「共同体的」な存在なのです。もしかしたら、共同体を重視する人ほど、貨幣観を正し易いのかも知れません。 【三橋貴明の音声歴史コンテンツ 経世史論】https://keiseiron-kenkyujo.jp/keiseishiron/ 『政府の財政試算 楽観的予測では健全化遠のく 楽観的な予測のままでは、財政健全化への正しい道筋は見えて続きをみる

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Source: 三橋貴明氏ブログ

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