古いビルの3フロアにわたって広がる展示空間には、いずれの階でもふわり気持ちが解放されるような作品が並んでいた。居心地がいいから、つい長居をしてしまう。東京のJR御茶ノ水駅から徒歩で数分のところ、トーキ…
古いビルの3フロアにわたって広がる展示空間には、いずれの階でもふわり気持ちが解放されるような作品が並んでいた。居心地がいいから、つい長居をしてしまう。東京のJR御茶ノ水駅から徒歩で数分のところ、トーキョーアーツアンドスペース本郷で開催中の「霞はじめてたなびく」展。
展示は全体でみごとに統一感があるのだけれど、じつは各階ごと出品アーティストはちがう。
1階は、佐藤雅晴だ。広い部屋の壁面いっぱいに、映像作品が映し出されている。《福島尾行》と題された作品だ。日本の現代の、何気ない町の光景がそこにはある。
観ていて、あれ? と引っかかりがあるのは、画面のところどころが手描きの絵に置き換わっているからだろう。実写映像のなかに、唐突にアニメーションが組み込まれていて驚かされるのだ。
そんなしかけが、何気ない光景にじっと目を凝らすきっかけになる。実際、長く眺めていると、どんな場所にもおもしろみは感じられてくるから不思議。この世界が存在していること自体にありがたさを感じられるようになってくる。
佐藤雅晴は現在、重いがんの病を背負って生きている。体調が悪くなるいっぽうだった時期、どうにかこうにか福島へ出向いて撮影した映像が、本作のもとを成している。病状がよくなるタイミングがあれば、また福島へ赴いて続きをつくりたいと佐藤は考えているという。
2階で展示しているのは、吉開菜央。奥の部屋では映像作品《静坐社》を上映している。大正時代に、「岡田式静坐法」なる健康法が流行した。姿勢を正して呼吸を意識するのが肝で、本拠を置いていた京都の家が数年前に取り壊されることとなった。
吉開はその引越しを手伝うかたわら撮影もして、作品化した。岡田式静坐法が実践されていた家のなかには、過去にここで吸って吐かれた呼吸の息吹が堆積して残っていた。その痕跡をそっと拾い上げる手つきが、そのまま映像になっている。なんらかの思いを込めて使われていた場所は、いつしか人格を宿すのだなと感じさせる。
手前の小さい部屋では、《Wheel Music》なる映像作品が流されていた。彼女が6年間撮り継いでいる自転車シリーズの新作。カラカラカラカラ……と鳴り続ける車輪の回転音が、穏やかな街の光景を印象深くしてくれる。
Source: 文春砲