IT会社の役員と、元ファミレス店員――ダブル受賞となった第160回芥川賞は、作品の面白さだけでなく、受賞者ふたりの対照的な経歴も話題となった。
ビットコインを“採掘”するSEを描いた「ニムロッド」の上田岳弘さん(39)は、現在、法人向けITソリューションを企画、開発、販売する会社の役員をつとめている。
4人兄弟の末っ子だった上田さんは、幼稚園の頃から「本を書く人になりたい」という漠然とした思いをもっていた。兄や姉の本棚から『サンデー』、『ジャンプ』や『りぼん』、『花とゆめ』といった漫画雑誌や、司馬遼太郎、夏目漱石、吉本ばなな、村上春樹などの小説を借りて乱読したそうだ。
上田 両親は共に教師なんです。教師って、子供をパターンで見るんですよね。「この子は努力型で東大に行くタイプだな」とか、いじめが起こったときも「こいつが主導役だな」などと分類して理解する。周りの人をパターン化して、俯瞰で見る視点は、僕も受け継いでいると思います。小説を書くとき、僕はメタの視点で登場人物を動かすんですよ。
若きボクサーの身体と心理に焦点をあてた「1R1分34秒」の町屋良平さん(35)は、小学校の頃、さくらももこのエッセイに感銘を受け、文章を書くようになったという。記者会見での“一張羅”は近所の古着屋で買った300円の赤いジャージ。高校卒業後アルバイトをしながら執筆を続け、25歳の頃、「小説に一生をかけよう」と決意したそうだ。
町屋 アルバイトとは、ファミリーレストラン「すかいらーく」の、フロア係です。一緒に働いている人とのコンビネーションや、毎日お店をあるべき形にしてサービスをすることが楽しかった。お客さんが使ったあとの店内をまた元の形に戻す生活感に、やりがいを感じていました。
上田さんと町屋さんは、人物も作品も一見、好対照のようだが、実はたくさんの共通点がある。
早い時期から「小説を書く」ことを人生の目標と定め、努力を重ねたこと。また、学業を終えたあと、いわゆる新卒での企業就職を経験せず、小説を書きながら社会人への道を模索したことなどだ。