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文春:「もう見たくない」虐待の問題が身近に感じられる物語

『フーガはユーガ』(伊坂幸太郎 著) 伊坂幸太郎らしい仕掛けが随所に施され、読み終わった後、鮮やかなイメージがいくつも残る作品である。 まず、装丁が素晴らしい。鏡文字のようにして向かい合う「フーガ」…

「もう見たくない」虐待の問題が身近に感じられる物語

1/21(月) 11:00配信

文春オンライン

 伊坂幸太郎らしい仕掛けが随所に施され、読み終わった後、鮮やかなイメージがいくつも残る作品である。

まず、装丁が素晴らしい。鏡文字のようにして向かい合う「フーガ」と「ユーガ」。よく見ると間に「Twins Teleport Tale」の文字。

そう。これは誕生日の日にだけ、2時間おきに、お互いの存在が一瞬にして物理的にテレポートして入れ替わる、という能力を持つ双子の物語なのだ。

「何でもできそう」って? たしかに誕生日に予め準備をしておけば、「ヘンシン!」と叫んで、ヒーローの格好に着替えていたもう一人と入れ替わり、ほんとうに変身したようにみせることくらいはできる。

でも、この能力は意外と不便だ。だってその時間に相手がどこで何をしているのかわからない状況で入れ替わるのだから。たとえば誕生日だからって恋人と過ごしていたりすれば……ね。

もう一つ、重要なことがある。この一卵性の双子「フーガとユーガ(=風我と優我)」は、幼いころから虐待にあって育ってきたということだ。じつはこの物語は、のっけから虐待の場面で始まる。

世の中には、人に激しい暴力を振うことが平気な人間がいる。あまつさえ、相手が苦しんでいる様子を見て喜びを感じる人間さえいる。

この物語の中には、そうした人間が何人も登場する。そして、「もう見たくない」ような被害にあう人間も、何人も登場する。

被虐待児やいじめの問題が身近に

かといってこれは、「自らも被虐待経験をもつ双子が、その能力を使って暴力の被害者たちを痛快に救済していく物語」ではない。たしかにそういう場面もなくはない。が、双子の特殊な能力をもってしても、できることはごくわずかだ。

本書を読みながら何度か「ああ、いやなことが起こりそうだな。先を読みたくないな」と思った。でも続きが気になりすぎて読んでしまう。

虐待や暴力の描写は悲惨すぎはしないし、そういう意味では「リアルでない」だろう。だが、荒唐無稽な物語であるがゆえに、その中で描かれる「暴力」は、「私の知らない誰かに起きている怖しいこと」ではなく、どこか「自分が目の前で目撃した知人の物語」であるかのような感覚を抱かせる。

読者は、読む前よりも確実に、被虐待児の問題やいじめの問題を、鮮烈で身近なものとして感じ始めていることに気がつくのだ。

小説にこういう言い方は失礼なのかもしれないが、東浩紀のいう、現実よりも現実感のある「まんが・アニメ的リアリズム」とはこういうものかと得心した。

「そういう問題があることは知っている。だけど誰かがきっと助けてくれるだろう」。そういうありがちな思いを抱いて裏表紙を見ると、もう一つの仕掛けに気づく。

「誰かが」……Whoが? ――Youが。

何かがコトンと音をたてて心に落ちた。

いさかこうたろう/1971年、千葉県生まれ。2000年『オーデュボンの祈り』でデビュー。08年『ゴールデンスランバー』で本屋大賞と山本周五郎賞を受賞。その他、『砂漠』など著書多数。

ふじもとゆかり/明治大学国際日本学部専任教授。専門は漫画文化論・ジェンダー論。著書に『私の居場所はどこにあるの?』など。

藤本 由香里/週刊文春 2019年1月24日号

Source: 文春砲

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