駐豪中国大使が対日批判「第2次大戦中、日本は豪州を攻撃し、ダーウィンを爆撃し、豪州人を殺害し、豪州の捕虜に受け入れ難い扱いをした」
中国の肖千駐オーストラリア大使は10日、首都キャンベラで行った記者会見で、第2次世界大戦で日本が豪州を攻撃したことを批判し、「彼らは歴史を繰り返すかもしれない」などと述べた。対中抑止を念頭に安全保障協力を進める日豪両国の離間を意図した発言とみられる。
肖氏は日本に関する質問への答えの中で、「第2次大戦中、日本は豪州を攻撃し、(豪北部)ダーウィンを爆撃し、豪州人を殺害し、豪州の捕虜に受け入れ難い扱いをした」と指摘。さらに「日本政府は謝罪もせず、間違いを認めない。あなた方を脅かす者は、再び脅かすかもしれない」と語った。
これに対し、日本の山上信吾駐豪大使は公共放送ABCのインタビューで「当惑している。平和を愛好し、ルールを順守する戦後日本の歩みを皆分かっている」と反論。その上で「今の課題は、80年前に起きたことではなく、この地域にある威圧や威嚇にどう対処するかだ」と述べ、中国側をけん制した。
10日、キャンベラで記者会見する中国の肖千駐オーストラリア大使
https://www.jiji.com/jc/article?k=2023011000897&g=pol
ダーウィン空襲 (英語: Bombing of Darwin)、別名ダーウィンの戦い (英語: Battle of Darwin)[4]は、第二次世界大戦中の1942年2月19日、日本海軍がオーストラリア本土に対して行った最初にして最大規模の空襲。オーストラリア史上で最大規模の他国勢力による攻撃である。
計242機の日本軍機が2回に分けてダーウィン湾の市街地、艦船そして市街地付近に建設された2つの飛行場を攻撃した。攻撃は日本軍のティモール、ジャワ島侵攻を阻止しようとする連合国軍がダーウィンの飛行場を基地とするのを妨害する目的で行われた。
ダーウィンは攻撃の規模に比べると防備が軽く、日本軍はほとんど損害を被らずに連合国に重大な被害を与えた。ダーウィンの都市部も空襲により被害を受け、非戦闘員の死者も多数出た。攻撃の直後に、ダーウィンの非軍属市民の半分以上が完全に街を離れた[5]。この時に日本軍が行った2回の空襲は、1942年から43年にかけて100回以上日本がオーストラリア軍に対して行った空襲のうち、一番早く、かつ大規模に行われたものであった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%B3%E7%A9%BA%E8%A5%B2
よかったでちゅね~
ダメ元で言ってみたw
日本軍のシドニー港攻撃の際には、撃沈された甲標的小型潜水艇を引き上げて、敵ながら天晴れと弔ってくれた豪州軍。と言う日豪美談があります。
特殊潜航艇によるシドニー港攻撃(とくしゅせんこうていによるシドニーこうこうげき)とは、太平洋戦争中の1942年5月31日に、オーストラリアのシドニーの沖合いで母艦の潜水艦を発進した日本海軍の特殊潜航艇3隻が、シドニー港に停泊中の連合軍艦船に対して行った攻撃である[1]。
同時に行われたインド洋のマダガスカルの戦いと連動した攻撃で、連合国の主要国であったイギリス連邦間の通商破壊を目的とした。
特殊潜航艇のうち1隻はアメリカ海軍の重巡洋艦「シカゴ」を魚雷により攻撃したが、魚雷は目標をそれてオーストラリア海軍の宿泊艦「クッタブル(HMAS Kuttabul)」を沈没させ、その隣にいたオランダ海軍の潜水艦「K IX(K IX)」を撃破し、クッタブルの乗船者19人が死亡した[2]。特殊潜航艇はシドニー湾の南方40キロメートルの地点で母艦に回収される予定だったが、3隻とも帰還できなかった[2]。
英国海軍から派遣されていたシドニー地区司令官ジェラード・ミュアヘッド=グールド(英語版)提督は、戦死した特殊潜航艇の乗組員のために海軍葬を行い、戦死した兵士の遺骨はシドニーに拘禁中だった日本公使河相達夫に手渡され、1942年10月に日英交換船で河相公使とともに日本に戻った[3][4]。
また、1969年、海上自衛隊練習艦隊がシドニーに寄港した際には、オーストラリアの元海軍技師から沈没した特殊潜航艇の乗組員の遺品(武運長久の鉢巻き、お守り代わりとされるキューピー人形、水量計など6点)が託され、日本に持ち帰った[5]。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E6%AE%8A%E6%BD%9C%E8%88%AA%E8%89%87%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E3%82%B7%E3%83%89%E3%83%8B%E3%83%BC%E6%B8%AF%E6%94%BB%E6%92%83
他に比べりゃ国際法を守っていた方だが?
撃沈したイギリス艦艇の乗組員を救助したり同盟国ドイツに睨まれながらユダヤ人を逃がしたり
戦後日本を骨抜きにし弱体化させたことこそ、アメリカ最大の汚点だね
今更、日本に軍事パートナーになれと言われても、愛国心すら忌避させられ根性論も排除され戦闘機すら作らせてもらえなかった日本には、もはや無理
【悲報】S&P500の投資信託を買う理由、謎すぎるwwwwwwww
国際捕鯨委員会、日本が脱退した結果 破産寸前で大ピンチwww
引用元: https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1673342731/
Source: 保守速報